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幼少期~中学時代

バブル世代ど真ん中にこの世に生を受ける。長野県の超田舎村の次男として生まれました。

幼稚園は村にいっこ。

小学校も村にいっこ。

中学校も村にいっこ。

つまり幼稚園から中学までずうっと同じ同級生と一緒。

私の同級生はそれでも多い方で27人いました。

すくなっ。

小学生時代はドッジボールに熱狂し、県大会で最高2位を獲得しました。

あとはとにかく絵を描くことが好きで、事業中はずっと自分で妄想したキャラとかノートにびっしりと描いてたりそんな子でした。

中学では吹奏楽でトランペットを吹いてました。

中学人数少ないから、運動部はバレーボールもしくは文化部だと吹奏楽という鬼畜な感じ。

運動やりたかったからバレーボールの体験入部するも、アニキの代の先輩にいびられビビって吹奏楽に入部を決意。

あとは習い事で、スイミングや習字バイオリンなんかも習ってました。

田舎なのにバイオリンて。

そして何気にバイオリンは中学卒業するまでの10年間続けました。

多分今でも軽くは弾けると思います。

高校時代

自宅から片道1時間以上かかる都市部の進学校に進学。

吹奏楽部に入部しトロンボーンを吹いてました。

他に熱中することもなく、朝から晩まで練習の日々。

結局3年の夏休みの県大会まで部活を引っ張る。

で、部活を引退後大学進学のため受験勉強に入るが将来やりたいこともなく

茫然と絵を描いた入りアニメ作るような仕事ができたらいいかなぁと思ったり。

でも学歴は合った方が将来就職に困らないろうなぁとか考えたりして

結果、地元の信州大学を受験することに決定。

信州大学には繊維学部という謎の学部があり、

この中に感性工学科というまた何学ぶんだかよく分からない学部があり

実は国立大学だけど美術系のことも学べることを知ってそこに志願をする。

しかしセンター試験直前の学力試験で5教化合計400点のE判定。

もちろんこんなんで合格するわけなく、浪人決定。

1年の浪人時代を経て晴れて信州大学繊維学部へ入学。

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大学時代

勉強そっとのけでとにかく充実した学生生活だったぁ。

1年目は共学でみんな同じキャンパスで、1年生だけが入れる寮があるですけど

この寮がいい意味でカオスでした。

一言でいうとやりたい放題。

女子棟が隣にあるもんで、毎日毎晩一緒にコンパみたいなことして飲んだり

朝までスマブラしたり、近くの公営プールに夜中忍び込んで泳いでたら警察に捕まったりと、、

一番羽目を外した時期だったなぁ。

そして無事2年に上がるとキャンパスを移動することになるんですが

美術系を専門で教えていた教授が私が2年に上がるタイミングで定年退職という最悪なタイミング。

それを知った時に、大学で勉学を学ぶ意欲が一気に失せる。

そして麻雀を覚えほぼ毎日のように麻雀付けの毎日でした。

そして4年に上がるころ茫然と目の前に「就職」という文字が浮かび、周りも就活してるし自分もしなきゃなぁという感じでなんとなく就活を始める。

結局地元の団体職員として内定を頂き働き始めることに。

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社会人時代

結局この企業には6年務めることになります。

なんとなく就職したけど、仕事自体もとてもしんどい訳でもなくこのまま定年まで働くのかなぁと考えることもありましたが、こんな人生でいいのかなぁという想いもあり悶々としながらもだらだらと年数だけが過ぎていきます。

ここから少しずつ人生が変わっていきます。

会社の退社を決意、自営業の道へ

そんな悶々とした日々を過ごしていたある日のこと。

たまたま、フェイスブックで知り合った経営者の方とごはんを食べに行くきっかけがありました。

その方は、4人でネットビジネスを立ち上げて2年目の方で、

そこそこ儲かっているのだと。

話を聞くうちにネットビジネスというものとホームページを制作できるようなグラフィックデザイナーに興味を持ったのと同時に

自営業という選択肢もあるのかという感じでした。

で、結局勧誘に誘われるまま実際にその方々からコンサルを受けることになります。

実際に学んだことはホームページの作り方、グラフィックデザインの初歩、コピーライティングなどでした。

もしかしたら自分でもなんとかネット環境下でも食べていけるのではと思い始めたころです。

またその時働いていた職場は副業不可だったので、30歳手間の最後の年、挑戦するなら今しかないと思い退職して自営業を始めることを決意します。

親からの猛反発を押し切り、2年間で成果がでなかったら再就職するという約束を交わし、自営業をスタートすることに。

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辛い自営業時代に突入

退職をしてから自営業としてスタートする訳ですが、色々諸事情が重なり

私が自営業を決意したきっかけを作った方と一緒にビジネスを行うことになります。

このビジネス自体はそこそこ順調に推移し、このまま運営をすればかなり成長が見込める事業ではありましたが

その方との方向性の不一致により1年で自立を決意。

そこから、自分で立ち上げたビジネスやまた別の方と一緒に行ったビジネスなど複数取り組んでみたものの

全ていまいちの結果で投資分を回収するのがやっとという感じでした。

自立して1年ちょっとほどでかなり行き詰った感があり、色々模索するも最終的期には投資に可能性を見出し

投資の勉強を始めます。

実際に行ったのがFX。

残りの1年死ぬ気で勉強してそれでもダメなら再就職も仕方ないと考えますが

投資の世界もそうそう甘くないです。

最初の3か月はホントこれでもかってほど負けます。

やっとことでトントンになり始めたのが投資を開始して1年くらいのことです。

少しづつではありますが負けやすいところとや勝てるところが分かり始めてきます。

なんとかなるかもと思い始めたところで今度は仮想通貨の存在を知ります。

で、最終的にはFX投資と仮想通貨投資の両立を行いながらブログを更新していき副収入を得るようにと奮闘をしますが、なかなか思うようにいかず結局貯蓄が底をついてしまいます。

日々、生活費で減っていく貯金残高。

貯金残高が減ると行動範囲も狭まり、基本家にこもりっぱなしという生活がしばらく続きました。

そんな生活が続き、精神的にも少しやみ気味になり、サラリーマンに改めて魅力を感じるようになります。

それと同時に、約束の2年が近づき、再度社会人生活を始めることを決意します。

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再度社会人生活をスタート

結局2年続けた自営業時代の生活に終止符を打ち、再度社会人生活をスタートさせます。

結局転職活動を行ったのが30代前半で、転職も難しくなりはじめる年代に突入していました。

実際に、就職試験も何回も書類審査落ちをして、かなり落ち込んだ時期もありました。

ですが、最終的には地元企業へ内定をもらい現在に至ります。

30代前半の転職で苦労した時の話なんかもまとめましたので良ければご参考までに。

30代前半で転職した話 転職期間や難しかった点を振り返る

そんなことで、現在は会社勤めをしながら投資はたまにぐらいで、長野県のいいところなんかを情報発信できればと思い、このサイトを運営しています。

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